改装

土浦の離れ⑤

少しずつ進んできた土浦の離れの工事。

床の下地が終わり次からメインイベントとも言うべき壁塗り作業がはじまります。漆喰を塗りたいのですが壁を左官で綺麗に仕上げるのは至難の業なので、ある程度練習をしてから塗りの工程に入りたいと思います。

塗りの工程と同時進行で床の仕上げ材の発注、そして建具屋さんと電気屋さんに入ってもらう段取りをしなくてはいけません。

しかし解体から設計・施工までやるとなると結構しんどい。技術的にも出来ないと出来るの境界線が曖昧のために作業も練習しながらなので時間が読めない。職人さんの凄さを改めて痛感する日々です。そしていつもお世話になっている工務店さんのスケジュール管理の凄さにも感服するばかり。

建築を作るとき本当に多くの方に支えてもらっている事を感じます。

 

自分で設計して自分で作ることは、設計士としての理想の一つではないかと思います。

今、本当に贅沢な時間を過ごしています。

もう一回やれと言われたら少し考えるけど。

 

断熱材の上に気密シートと気密テープを施工。これで空気の流入を防ぎます。

 

床下地の工事もあと少し。

 

 

 

それははみ出しているか。

今やっている改装の仕事ですが、それが今までの枠から少しだけはみ出しているかを考えています。

既存の枠組みから少しだけはみ出す事ってすごく面白くなると思うんです。大きくはみ出すのはちょっと難しい時でも少しだけなら何とかなる。

その少しだけ、はみ出すということを継続してやっていけたらと思い設計しています。

 

今、街において何かはみ出すことをしようとするといろいろ制約がかかって来ます。その制約は何かあった時に誰が責任を取るんだといった責任問題の点が大きいのです。責任の所在を公にして事故などを許容できる体制づくり(周囲からの理解が必要ですが)を少しずつ作っていき”はみ出す”事を許容できる空間を作っていくことが豊かな街になるのではと思うのです。

窮屈にこれもダメ・あれもダメでは何にも面白くない。閉じていてもどこにもつながらない。それでは寂しく面白くもないので、何か他の事柄・人との出会いを生み出すには物質的・感覚的に“はみ出している”空間が必要だと思うのです。

百貨店の衰退とイーオンなどの大型ショッピングモールの成功もその事が違いを生んでいるような気がします。前者は限定された売買・空間だけ、後者は映画なども含めた複合的なサービスとゆとりがありイベントなども行えるスペースを有している”はみ出す”事ができる。そんな違いがある気がします。

ゆとりとか余裕と言い換えることが出来るかもしれませんが、今回は自然の中に少しだけ”はみ出す”空間を作っています。